息づまるような状況下で、軍の指定食堂「富屋食堂」を経営する鳥浜トメは、娘たちとともに、出撃する特攻隊員をあたたかく迎え。そして送り出した。
表紙へ返ります。
 昭和4年、トメが27才の時に「富屋食堂」を開く。普段は、うどん・そば・どんぶりもの、夏場は、かき氷なども出し、繁盛する。トメの気さくな性格と食堂の家庭的な雰囲気に惹かれ、後昭和17年最初の少年飛行兵10期生が到着したとき、トメは隊員たちを我がこのように面倒を看た。隊員達も「お母さん」と呼ぶようになった。だが戦況は悪化し、いよいよこの小さな町知覧にも、特攻と言う名の非常な作戦が遂行される様になる。
宮川三郎軍曹
光山文博少尉
 宮川は「明日ホタルになって帰って来るよ」と言い残し出撃した。
その夜富屋食堂にいたトメと娘たち、出撃前の隊員たちは一匹のホタルを見て「同期の桜」を歌い、涙を流した。
 「俺は朝鮮人だよ」そう言った光山は、教育隊からの常連だった。いよいよ出撃が決まり光山は故郷の歌を歌いたいと言い、「アリラン」を歌った。涙が被った帽子の奥に光った。
上原良司少尉
 「日本は負けるよ」といつも言う上原にトメは「憲兵隊に捕まるから止めなさい」と言ったが聞かなかった。自由の国に憧れ、自由主義者として出撃する。
出撃された特攻隊員には全てこの様な悲しい話があります。富屋食堂では、そのほんの一部しか紹介できません。